はじめに
今月、5月21日。スウェーデンで長年ご活躍されてきた髙橋由衣選手が、競技生活を一区切りされるという内容で、自身のSNSを更新されていました。
2022/23シーズンを以って競技生活を一区切りすることに決めました。
— Yui Takahashi (@yui_t10) May 21, 2023
長い間応援していただき、本当にありがとうございました!!#フロアボール pic.twitter.com/fXDYJt7WyF
10年以上にわたって本場スウェーデンでご活躍されてきた髙橋さん。本当にお疲れ様でした。
今回、FloorballFans.では、その決断の理由や、今後の日本での活動などについてロングインタビューをさせていただきました。
沢山のお話を頂きましたので、出来るだけ言葉を崩さずに掲載をさせていただきます。
決断の背景は…
髙橋さん/まずは…そうですね、今年までIBK Dalenと2年契約を結んでいたのですが、その契約時点で最後の2年間として考えていたんです。
IBK Dalenは、Dalenのトップチームでアルスベンスカンのチームだったので、考えとしては1年目でSSLに昇格し、2年目でSSLを経験できたらと思っていましたが、現実にはうまくは行かず、1年目の昇格は叶いませんでした。
それでも、2年目を過ごす中、SSL昇格のチャンスも見える更に良いチームになっていて、もしSSLに昇格できたら再度契約延長のお願いしようとかなと考えたりもしたんですよね。
普及活動と競技生活の葛藤
ちょうどその頃は、日本での普及活動も増えていたんです。
スペシャルオリンピックスでのフロアボールが広がってきていたのもありますし、T3ではガイドブックの発行など、普及に関して前よりも加速度が増して進んでいることを感じていました。
ただ、スウェーデンを活動の拠点にしているので、お声がかかったときにすぐ行けない葛藤は常にありました。
当然、一番やりたいことはスウェーデンで選手活動を続けることだったので、自分が行けるときだけ普及活動を行っていたのですが、だんだんと断ることに残念な気持ちが大きくなってきていたのです。
加えて、今のチームのメンバーはSSLを経験してきた方ばかりで、私含めほんの数人しかSSL未経験はいない状況となってきていたのです。
そういう人たちと練習している中で、1年目は必死に食らいついていって、自分のレベルも上がることを感じていましたが、2年目になると、やっぱり頑張っても頑張っても、私のレベルと他の選手のレベルには、まだまだ差があることを…『受け入れた』、という感じです。
選手活動の終了と次のステップに向けて
スウェーデンに来た理由は、上手い選手とプレーすることだったので、そういう環境に身を置けることが幸せだと感じていましたし、努力を続ければ時間がかかっても、そこに到達できると思っていましたが、やっぱりまだまだ差はありました。
競技生活以外にやりたいことが見つかったのに加え、そんな感情の変化も重なり、自分に与えられた競技生活の中で、目標に到達することが間に合わなかったんだなと感じてしまいましたね。
もし、与えられたチャンス…、IBK Dalenとの契約が何年か早かったり、今のレベルの時点でもう少し若かったり、日本に普及活動のチャンスがまだ来ていなかったりしたら、選手活動は続けていたかもしれないですが、
今回、一区切りを付けた理由としては、やっぱり日本でやりたいことが増えたこと、そして自分と他の選手のレベル差がまだ大きくあって、仮にSSLに上がれたとしても自分が試合に出れることが厳しいと言う事を感じたからですね。
スウェーデンに渡って得られたことは?
挑戦初期の話をすると、日本だと私は、ある程度通用するというか、センスがあるような感覚がどこかにあって、そういうふうに言ってくれる人も多かったのですが、スウェーデンに来てみると、私みたいな実力の人なんてうじゃうじゃいて…。
規模が小さい日本での経験と、文化としてフロアボールに取り組んでいるスウェーデンとの違い、これを知れたのが一番大きな事ですね。
スウェーデン生活が1・2年だけだったら変わらず自分の感覚だけでやっていたと思います。感覚派の選手だったので、自分のプレーについて説明が出来なかったり、人に何かを教えるのは出来なかったと思います。
2年目から挫折が始まって、感覚だけではこの高いレベルでは通用しないと思い、フロアボールをもっと知る必要があると思ったのです。
今もまだまだ学ぶことは多いですが、この競技ではどのような考えがあって、戦術があって、それを皆で実行するためにどのような練習があって、そのために個々のどの技術が必要なのか、そういう一連の流れを通して学べたのはとても大きいと思います。
これまで”区切り”をつけようとしたことは?
自分の気持ちで一区切りをつけようと思ったことはありませんでしたが、遠い将来の一区切りのタイミングについては考えていたことはあります。
コロナでなくなってはしまいましたが、2021年は日本の八王子でアジア予選が予定されていて、その年の世界大会はスウェーデンのウプサラで開催される予定でした。この2つの大会で競技生活を締めくくるのは気持ちが良いかなと感じていました。
そういう考えだったので、今のIBK Dalenとの契約を結ぶ前の、当時 IBF Dalen(2部チーム)と3年契約を結んでいたときは、それが最後の契約だと思っていました。ただ、コロナの影響ですべてが中止になり、予定が崩れてしまったんですけどね。
コロナの影響や他の出来事もあり、自分自身が将来を考えるタイミングに差し掛かっていたときIBK Dalenから契約の話を頂いたので、この最後の2年間は自分にとってのご褒美というか、『ボーナスシーズン』のような位置づけで捉えていましたね。
年齢による体力の衰えをまったく感じることはありませんでした。現在も同様ですが(笑)。自分の気持ちとして一区切りをつけようと思ったのは今回が初めてでした。
長い海外生活で印象に残ったことは?
1つは、スウェーデンでのフロアボール文化の根付き方ですね。
レクリエーションや楽しさを求める人もいれば、完全に競技スポーツとして成り立っているし、そのレベルも年々上昇していることも感じました。あとはスポーツに対する取り組みの違いや、フロアボール協会のアクション違いなど…。
フロアボール大国と呼ばれるように、普通のスーパーで売られている食べ物のパッケージにフロアボールがプリントされていたりもするので、衝撃は本当に大きかったですね。
もう1つは、シーズンごとにチームメンバーの大体半分が入れ替わることでしょうか。
日本では何年も同じメンバーでプレーすることが普通だと思うのですが、こちらでは半分以上の入れ替わりが毎年毎年続くので、このメンバーでプレーが出来るのが1シーズンだけなんだと不思議な感覚はありましたね。
その理由は、クラブがたくさんあるので、チームを変えることは当たり前だったり、契約が取れずにチームを去ることもあったり、報酬がほとんどない現状もあるので、他の活動に時間を割きたいという選手もいます。
ただクラブとしては、戦術さえ確立されていれば、すぐに選手をフィットさせることが可能だったりするんです。
スウェーデンで達成できたことは?
SSLへの出場は私にとっての夢だったのですが、残念ながらその目標を達成することはできませんでした。
振り返れば、コロナの年はリーグが中断して、12月から翌年のシーズン開始までの9ヶ月ぐらいは屋外で体力トレーニングをずっと取り組んでいた時期もありましたね。冬の間は室内で活動してはいけなかったので、何ヶ月もフロアボールが出来ない時もありました。…本当にきつかったです。
その後に契約は取れて、チームの練習が週6になって、プラス自主練を行ってと…。沢山の時間を使ってトレーニングしましたけど、これだけ努力して強い気持ちを持っていても、叶わないことが有るんだなと知ったのは一つ経験ですね。
ただ、やってきたことは無駄だったとか、そういう気持ちは一切思わなかったです。夢に向かって努力したことは、今後にもずっと残るし、これだけ長い時間、密にフロアボールと向き合えたことは良かったですね。
クラブの一軍でもある、IBK Dalenとのトップ契約を獲得できたことは、努力が報われ、目標に少なからず近づけたと感じることができました。
思い残すことがあるとすれば、SSLもそうですが、日本代表活動で世界選手権のブロック予選を突破したかったという気持ちはありますね。
前回2019年大会で出場したときに、現在の大会システムで最高位の13位を獲得することは出来ましたが、それは結局、下位4チームの中のトップということなので、なんとか予選グループを突破したかったのはありますね。
日本に戻る7月以降の予定は?
日本に戻ったら、仕事と両立しながらですが、まずは主にT3の活動を頑張りたいですね!
これまで拠点がスウェーデンだったので、国内の普及活動に参加することが出来ませんでしたが、まずは1年間で考えていますが、日本にいるので、日曜日や祝日などクラブに呼ばれたらどこでもすぐに駆けつけたいです。身体がまだ元気で、私の知識が新しいうちに、学んできたことを伝えていけたらいいなと思っています。
仕事を開始するまで少し猶予があるので、7月からの1ヶ月は、去年も行ったのですが、日本全国を周りながら呼ばれたところでフロアボールをやって楽しみたいと思っています!今スケジュールを組んでいますが、去年訪れたところを中心に、他の場所でも日程が合えば是非訪問したいので、募集をかけようかなと思っているところです。
あ、あと、来年には子供たちを海外の試合に引率したいと思っています!
スウェーデンではいつの時期でも色々な大会をやっているので、本場のフロアボールを目で見て体験してほしいと思っています。例えばウメオは人口10万人しかいない街なんですが、大会規模はものすごく大きくて、子供のチームが100チーム以上集まって、子供が数千人集まるんです。運が良ければ、SSLが実際に試合を行っている会場でプレーが出来たり…。しかも大会最後の日にはSSLの試合が組まれていて、子どもたちもその試合を見れたりとか!
やりたいことはたくさんあって、そんな日本とスウェーデンをつなぐ活動を行いたいですね。将来的にはSSLファイナルのツアーをT3でアレンジしてみたり!
長いスパンでのビジョンは?
スペシャルオリンピックスの活動にも取り組んでいるのですが、私がこれまで勉強してきた内容ともリンクしているんですよね。
フロアボールを通じて、子どもたちが障害の有無にかかわらず協力して、一緒に成長していけることを体験してもらい、将来のインクルーシブ社会へ繋げることが目標です。自分がこれまで時間をかけて向き合ってきたフロアボールが社会貢献に繋がるので、一番やりたいことですね。
この取り組みは、フロアボールを多くの人に知ってもらうための近道とも考えています。大きな夢として、10年後、学校教育においてフロアボールが当たり前のように取り入れられる社会を実現できたらなと思っています。
これからの世代に伝えたいこと
フロアボールに限らず、どんなスポーツでも、それが盛んな国に行って実際にプレーしてみるということは、とても良い経験になると思います。スポーツを続けることで、それが自分たちを”新しい世界に連れて行ってくれる”という感覚が私にはありましたね。
重要なのは、目標が達成できたかどうかだけで考えるのではなく、自分がどれだけ努力してきたか、その過程でどのような出会いがあって、何を学べたかも大切なんだと思います。
スポーツで目標に向かって努力する醍醐味はその過程にあって、選手としてだけではなく、人間としても大きく成長できると思っています。
皆さんにも、フロアボールを通じて、目標に向かって努力を重ねることで、自分を成長させていってほしいと思っています。
■今回のインタビューご協力者様は…
髙橋由衣 Takahashi Yui
T3 FLOORBALL PROJECT 副代表
15歳でフロアボール女子日本代表に初選出。以後世界選手権8大会連続出場。大学卒業後に単身でフロアボールの本場スウェーデンに移住し、スウェーデンリーグで選手として活躍。2017年より国際フロアボール連盟(IFF)の選手委員会メンバーに二期連続で選出。国際的な普及活動にも取り組んでいる。22/23シーズンをもってIBK Dalenを退団。
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